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大阪高等裁判所 昭和58年(う)102号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事谷山純一及び弁護人中山厳雄作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

検察官の控訴趣意(訴訟手続の法令違反の主張)及び弁護人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について

検察官の趣旨は、原判決は被告人杉林につき原判示第三の事実が刑事訴訟法二八九条に定めるいわゆる必要的弁護事件であることを看過して、弁護人を選任しないまま審判をした訴訟手続の法令違反があり、原判決は右第三の事実と原判示第一及び第二の各事実を併合罪として一個の刑を言渡したものであるから、その違反が判決全部に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決中同被告人に関する部分は破棄を免れないというのであり、弁護人の論旨は、原判決は、同被告人の原判示第三の事実が必要的弁護事件であるにもかかわらず、弁護人を付することなく審理したうえ、同第一、第二の各事実と併合して同被告人に対し一個の懲役刑を言渡した点で憲法三七条三項違反、訴訟手続の法令違反があり、それが判決全部に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れないというので、所論にかんがみ記録を調査して、次のとおり判断する。

被告人杉林に対する本件公訴事実は、被告人有限会社杉林米穀店(以下、被告人会社という。)の業務に関し、昭和五三年七月一日から同五六年六月三〇日までの三事業年度において、不正の行為により法人税一六四七万四六〇〇円を免れた(第一ないし第三)というのであり、原判決も右公訴事実と同一の事実を認定したうえ、これらを併合罪として同被告人に一個の懲役刑を言渡したものであるところ、公訴事実第一及び同第二は、昭和五六年法律第五四号(同年五月二七日公布、同日施行)による政正前の法人税法一五九条、一六四条一項に、同第三は、同改正後の右各法条に、それぞれ該当し、右改正前の法定刑は三年以下の懲役若しくは五〇〇万円以下の罰金またはこれを併科するとされていたが、右改正により懲役刑の「三年」が「五年」に改められたのであるから、右公訴事実第三は刑事訴訟法二八九条により、弁護人がなければ開廷することができない事件である。しかるに、原裁判所はこれを看過し、被告人杉林から弁護人は選任しないし、国選弁護人の選任も請求しない旨の回答を受けると、職権をもつて弁護人を付することなく、結局弁護人の立会なくして、公判を開廷し、審理判決をしたことが一件記録に徴し明らかである。

そうすると、原判決には必要的弁護事件である被告人杉林に対する本件公訴事実第三、即ち、原判示第三の事実について弁護人なくして審理をした訴訟手続の法令違反があり、そして同事実と同第一及び同第二の各事実を併合罪として一個の懲役刑を言渡したのであるから、右違反が判決全部に影響を及ぼすことは明らかである。検察官及び弁護人の論旨はいずれも理由があり、原判決中同被告人に関する部分は破棄を免れない。(なお、弁護人の論旨は、原裁判所の手続は憲法三七条三項に違反するというのであるが、いかなる被告事件を必要的弁護事件となすべきかは専ら刑事訴訟法によつて決せられるべき問題であり、憲法の右条項と直接関係がないから、違憲の点をいう論旨は理由がない。)

そこで更に進んで、被告人杉林に対する前示訴訟手続の法令違反が被告人会社に与える影響の有無について検討するに、この点に関し、旧刑事訴訟法の適用下ではあるが、最高裁判所は、法律により弁護人を要する事件につき弁護人の立会なくして審判の行われたことを違法として、原判決を破棄するときは、その違法な公判手続における被告人の供述を証拠に採つて断罪した他の共同被告人に対する原判決をも破棄しなければならないとしている(最判昭二三年一〇月三〇日集二巻一一号一四三五頁)。検察官は、右判旨は現行刑事訴訟法のように明確詳細な控訴理由に関する規定がなく、かつ根本的に訴訟構造の異なる旧刑事訴訟法に関するものであつて、現行刑事訴訟法の解釈上そのまま採用することができないというのであるが、必要的弁護人制度及び共同被告人のための原判決破棄については両刑事訴訟法上同趣旨の規定がおかれているのであり、また本件の如く必要的弁護事件につき弁護人なくして審理をしたときは前説示のとおり訴訟手続の法令違反となり、旧刑事訴訟法上も四一〇条一〇号の上告理由となる点で全く同様であつて、前記の点について現行法上右最高裁判決と別異に解しなければならない理由を見出し難い。そこでこれを本件についてみるに、被告人会社は前記公訴事実第一ないし第三につき被告人杉林と共に同一起訴状によつて公訴提起され、原裁判所において併合審理され、原判決も被告人杉林に対すると同様に同事実を認定したものであるが、原判決は右犯罪事実を認定する証拠として、被告人杉林の原審公判廷における供述を挙げており、その他の有罪認定の証拠も被告人杉林のそれと全く同一である。しかして、被告人杉林に対する右原審公判手続は刑事訴訟法二八九条に違背し違法の手続であることは前説示のとおりであつて、被告人杉林の原審公判廷における供述はもとより、その他の証拠についても、同一裁判所によつて併合審理されている共同被告人である被告人会社の関係においても、これを犯罪の適法な証拠とすることはできないものというべく、これらを証拠とした被告人会社に対する原判決もまた、この点において違法といわなければならない。(なお、右最高裁判決が被告人の判示において、「被告人保野に対する加重収賄被告事件の公判調書中の同人の供述記載」のみを取上げているのは、他に違法な訴訟手続によつて採用された証拠が存しなかつたに過ぎないと考えられる。)そして、被告人杉林及び被告人会社は、いわゆる両罰規定における行為者及び業務主の関係にあるものとして、同一手続によつて起訴され原審以来共同の手続において審判され、当審においてもまた共同被告人として審判されているのであり、しかも被告人杉林に対する原判決破棄の理由は、ひいて被告人会社に対する原判決の違法を招来することは、右に説示したとおりであるから、この意味において、右破棄の理由は、両被告人に共通するものというべく、従つて、刑事訴訟法四〇一条に則り、被告人会社に対する原判決もまた、これを破棄すべきものといわなければならない。

なお、この点について、本件に即し実質的にみても、両罰規定における事業主の犯罪は行為者の違反行為の存在に依存し、かつ幇助が正犯に従属するという意味と等しい意味で、行為者の違反行為に従属すると考えられるところ、行為者たる被告人杉林と業務主たる被告人会社の犯罪事実は共通であり、両者を併合して実体審理をしている本件の場合においては、行為者たる被告人杉林の審理手続上の重大な瑕疵があつてその手続を無効として、その実体審理をやり直すべきものとする一方、業務主たる被告人会社のそれは別個独立と解し、同じ手続によつて採証された証拠が適法であるとして両者を別異に取扱うことは、仮にそれが理論的には背理でないとしても、両者の間に事実の認定が矛盾するなどの不合理なことも起りうるところであつて、相当とは考えられず、このような事態をできるだけ避けることが法の精神にも合致するものと解される。検察官は両罰規定における行為者と業務主との関係について、両者は通常の共同被告人以上の密接な関係にあるが、訴訟手続上は別個独立に取扱うのが確立された判例であるとし、①業務主に対する公訴時効は業務主に対して定められた法定刑が基準となり(最判昭和三五年一二月二一日刑集一四巻一四号二一六二頁など)、②業務主処罰規定に罰金刑しかない以上、業務主に関する事件は簡易裁判所の専属管轄に属し、(最決昭和四三年一二月一七日刑集二二巻一三号一四七六頁)、また必要的弁護事件に該当しない(札幌高裁函館支部判昭和二六年二月五日高刑集四巻二号八三頁)というのであるが、所論引用の判例は、いずれも本件とは事案を異にし、適切でない。

よつて、弁護人のその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三九七条、四〇一条により被告人両名に対する原判決をいずれも破棄したうえ、同法四〇〇条本文に従い本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(家村繁治 田中清 八束和廣)

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